Oct 02, 2009

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 スイーツ界のパイオニアとして、常に特別な存在でありつづけてきたパティシエ、ピエール・エルメ氏。スイーツを主役にしたいまだかつてないコンセプトを打ち出したパリの最新ホテル「ロワイヤル・モンソー」では、ホテル全体のスイーツ監修・ディレクションを手がけるなど、先駆者ぶりは今ももちろん健在だ。今回、来日時にスペシャルインタビューを実現。話題のホテルの魅力の全容や、自身が「ピエール・エルメ・パリ」で追求しつづけてきた“味覚の歓喜”について、話を聞いた。

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――ルノートル、フォションで経験を積んだ後、1987年、老舗パティスリー「ラデュレ」の再生でスイーツ界に彗星のごとく登場されて以来、エルメさんのスイーツは食材や食感のコンビネーションで人々に多くの驚きをもたらしてきましたが、その独特の味覚はどのように構築されているのでしょうか? 例えば人気の定番商品「イスパハン」(マカロン生地、バラ風味クリーム、ライチ、フランボワーズ)の絶妙な組み合せはどのようなプロセスで誕生したのでしょうか?

 その質問についてお答えする上で、「イスパハン」は大変分かりやすい例だと思います。「イスパハン」はその誕生から20年以上もの月日をかけて現在の状態に進化してきました。

 元々は「Paradi(パラディ:仏語で「パラダイス」の意)」という名前のスイーツで、バラのババロアとフランボワーズ、バラの風味のビスキュイで構成したムース感覚のスイーツでした。イスパハンは1997年、このパラディにライチを加え、さらにはマカロンのカリカリ感、フランボワーズのフレッシュ感、クリームのふんわり感などを足して味覚を再構築したものです。

 ちなみに、バラの花びらをこのスイーツに取り入れたのは、ブルガリアに旅した際に現地でバラの花びらを料理に多用していたことからヒントを得たからです。ライチを加えたのは、ライチの果実にバラの風味があると気付いたからです。

 「イスパハン」はその後もさらなる研究を重ねて、現在は15種以上におよぶ「FETISH」(「ピエール・エルメ・パリ」において進化し続ける風味の組み合わせ)のワンフレーバーとして、ジャムやパウンドケーキ、アイスクリームやパート・ド・フリュイ、ボンボンショコラなど、さまざまな味覚のファミリーを展開し続けています。

――例えばエルメさんのスイーツにもなじみの深いパリパリ、カリカリ、サクサク、といった食感は、多くの日本人が好む食感だといわれているように、日本人は食べ物における食感をとても重視するのですが、エルメさんご自身の「食感」への想いとはどんなものでしょうか?

 「食感」へのこだわりはもちろん人一倍強いと感じますが、「食感」だけではなく、さまざまな要素を合わせることで体験したことのない味覚の歓喜を生みだすことです。私がスイーツを創作する上で一番重要に思っているのは、人がそれを食べて歓びを感じてくれるかどうかということ。そして何よりも素直に美味しいと感じられるかどうかが第一だと考えています。食べた後に「美味しかった?」と聞かれて一瞬でも考えるようでは、それはきっと美味しくなかったのでしょう。それほど、味覚は正直な感覚だと思うのです。

――食材からインスピレーションを受けて新しいフレーバーを開発されることが多いとうかがいましたが、エルメさんにが今まで出会った中で一番センセーショナルだった食材は何ですか? また、好きな食材、今一番注目している食材は何ですか?

 その時々において常に変化し続けていますが、今現在注目している食材は、セップ茸(フランス産のキノコ)と、茄子、胡椒。特に茄子は、焼いたり、炙ったり、おひたしにしたり、漬け物にしたりと、日本で実にさまざまな調理法で食されている食材の1つだと思いますが、私自身も実際にその風味や食感の多様性を体験して以来、とても興味を持っています。

 あと、最近とても美味しい胡椒に出会ったのです。やはり美味しい食材に出会うとついつい「何かに発展させたい!」とそわそわしてしまう。身に染み付いた性分なのですね(笑)

 まだ具体的にどうなるかは分かりませんしまだ何も語れないのですが、これらの食材をそれぞれ新しい味覚として発展させられないか現在研究中です。ちなみに、「ずっと変わらず」センセーショナルな食材であり続けているものは、やはりショコラ(チョコレート)でしょうか。ショコラは私のパティシエとしての人生においてもっとも重要な食材の1つだといえます。

――「ピエール・エルメ・パリ」を象徴するアイテムの1つでもあるマカロンは今や日本でも定番の人気スイーツで、あらゆるパティスリーがそれぞれのマカロンを提案しています。レシピは百者百様ですが、サイズ、風味など、エルメさんにとって「パーフェクトなマカロンの条件」とは何ですか?

 そのご質問にお答えするには、その歴史についても少し言及しなくてはならないかもしれませんが……。まだ私が修行中だった当時“マカロン”といえば、2つのコック(メレンゲ生地)の間に、コックを繋げるためにクリームを少量塗っている程度の素朴なお菓子でした。そのころ、私自身はこのお菓子がただ甘いだけで味気ない印象が強く、正直あまり好きではなかったのです。

 ある時、マカロンを美味しく発展させるのは、コックというよりもまず中のクリームにもっと焦点を当てるべきなのだということに気付き、風味そのものも存在感のあるクリームをある程度のボリュームで入れるというスタイルに行き着いたのです。ですから、「ピエール・エルメ・パリ」のマカロンはほかのパティスリーよりもクリームがしっかり存在感があると感じられるかもしれません。

――エルメさんはパティシエがアーティストとして脚光を浴びるようになった時代のパイオニアですが、過去10数年間、めくるめく変化・発展しゆくスイーツの世界を、ご自身ではどう思われますか?

 そうですね。元来パティシエは一般的には「職人」というイメージが強かったですし、実際にとても職人的な仕事だといえます。確かに“創作性”という観点でいえば、過去10数年の間にパティシエが「職人からアーティストになった」というのは事実かもしれません。アイデアや感覚が形になるわけですから、クリエイターとしての要素が強まってくるのも当然です。

 先ほどご質問の中で私のことを“パイオニア”と表現されましたが、私が自身の仕事を通じてパティスリー業界の発展やパティシエのステイタスを職人からアーティストへと引き上げることに貢献できたのであれば、それは大変嬉しいですし、喜ばしいことです。

 ただその一方で、パティシエのアーティスト指向が強まり過ぎることには懸念を覚えます。味覚や創作のセンスはやはりその人が持って生まれた才能やセンスによるものですから、誰もがアーティストになれるわけではありません。職人的な考えや基本的な美味しさの追求を無視してただ奇をてらっただけの提案をするパティシエも増えてしまったことは事実です。

 とはいえ、1つの社会現象として捉えれば、社会現象といえるほどの大きな発展があったことは喜ばしいですし、社会現象には必ず良い側面と悪い側面が両方存在するわけですから、“二極化”は当然なことなのかもしれません。

――昨秋ソフトオープンされた話題のホテル「ロワイヤル・モンソー」についてうかがいます。同ホテルでは、すべてのレストランで「ピエール・エルメ・パリ」のさまざまなスイーツが堪能できるという、大変エキサイティングなコンセプトが注目されていますが、どのような経緯からこのプロジェクトはスタートしたのでしょうか?

 「ピエール・エルメ・パリ」の“味覚・感性・歓喜の世界”を主役の1つとして展開するこのホテルのコンセプトは、過去にまったく例のない挑戦だと確信しています。私自身にとっても大変な冒険ですが、この話をオファーしてくれた同ホテル代表のアレキサンドル・アラール氏や、総支配人のシルヴァン・エルコリ氏と旧知の仲だったことから、ぜひこの話を実現したいと思い、3年前にプロジェクトが立ち上がった段階から全面的に関わらせてもらいました。

――なかでもフレンチレストラン「La Cuisine」では、ゲスト自らの創意工夫で20以上の味覚のコンビネーションが堪能できるとうかがいました。20以上となると、われわれの創造を少し超える内容なのですが、具体的にはどのような内容なのでしょうか?

 コンビネゾン(コンビネーション)でセミオーダー式にご注文いただき、シェフがゲストの目の前で創作するミルフィーユのことですね? これはすべてゼロから創作するのではなく、3段階に分けていくつかの選択肢から選んでいただくのですが、具体的にはまず、生地はプレーン、ピスタチオ、レモンの3種から。

 次のステップでクリームをショコラ、ピスタチオ、ヴァニラ、レモン、キャラメルの5種類の中から1つを選びます。最後にガルニチュール(生地の中に詰めるもの)を、イチゴやフランボワーズ、フルールドセル入りのショコラやプラリネ、キャラメルの3種から選んで完成するのですが、それぞれの組み合わせ次第で20種以上のミルフィーユバリエーションが楽しんでいただけることになります。

 ちなみに定番のスイーツもお召し上がりいただけます。さらに「La Cuisine」では、バーやラウンジでも提供するマカロンやプレジュール・ショコラなどの定番品も召し上がっていただけます。

――イタリアンレストラン「Il Carpaccio」では、パンナコッタやティラミスといったクラシックなイタリアンドルチェの定番といえるアイテムを提案されるそうですが?

 「Il Carpaccio」では、ティラミス、パンナコッタ、地中海レモンのシャーベットといったイタリアの伝統菓子のデザートをエルメ流にアレンジします。ここではまず、本場の味を再発見する歓びを味わっていただけることをまず第一に考えているのですが、それらと同時に「ピエール・エルメ・パリ」ならではの創意に満ちたオリジナルイタリアンドルチェも提供します。

――ホテルといえば、朝食も重要な要素ですが、朝食ではどのように「ピエール・エルメ・パリ」の世界を提案されるのでしょうか?

 朝食では、シンプルでありながら洗練された提案を心がけました。自家製ヨーグルト、ヴィエノワズリ、フルーツサラダが基本ですが、ほかにもクグロフやガトー・バチュー(おやつや朝食として親しまれている地方の伝統菓子)、パンとともに召し上がっていただけるコンフィチュールやショコラなどはもちろんすべてオリジナルです。特に「ピエール・エルメ・パリ」ならではという意味では、クレープ、パンケーキ、リロワーズをおすすめします(クレープは、プレーン、栗粉、ピスタチオ粉から選択可能)。

 ちなみに、「リロワーズ」は、北フランスにあるリール地方の伝統的な菓子で、「リール風のゴーフル」といえば分かりやすいかもしれません。一般のゴーフル生地よりも薄いブリオッシュ生地の間にガルニチュールが入っている生菓子です。日本でも昨年、非常に限られた期間発売したのですが、大変好評だったのでまた販売したいですね。とにかく「リロワーズ」は私自身がとても好きなお菓子で、これはおそらく日本でも過去のカヌレブームのように話題のスイーツに発展するのでないかと期待しています。

――エルメさんがこのホテルの計画の中で一番エキサイティングに感じられていることは何でしょうか? また今後ロワイヤルモンソーのゲストとなる人々に、特に楽しんでもらいたい点は何でしょうか?

 普通であれば、ホテルでそのデザインや意匠以外で一番真っ先に話題になるのは料理ですよね? 先ほどもお話したように、スイーツを主役としてそのコンセプトを打ち出したのはこのホテルが初めてとなるわけですから、新たな美食の殿堂として今後どのように発展していくのか、とにかく私にとってそうであるように、ゲストの皆さんにとっても何もかもがエキサイティングであると信じています。

――ホテルのデザインを手がけているフィリップ・スタルク氏とは今回何らかのかたちで関わられているのでしょうか?

 スタルク氏はそれこそ、オリジナルのスイーツ専用カトラリーをデザインしてもらったこともありますし、旧知の仲なのですが、今回は彼とはそこまで多くの部分では関わっていません。彼はもちろんホテル全体の設計/デザインをすべて担当していますので、スイーツのショーケースなど什器のことは話し合ったりしていますが、実はそのショーケースは納期が予定より遅れていてまだホテルに設置されていないのです(笑) もちろんですが、彼がデザインしただけに、どのディテールも大変凝っていてオリジナリティ豊かで、とにかく視線を落とす先々で私たちの感覚を楽しませてくれます。

――最後の質問ですが、エルメさんにとって「美味しいチョコレートの条件」とは?

 シンプルですが、ひと言でお答えするのは難しい質問ですね(笑) まず、大切なのは材料。美味しいカカオと、そして美味しいクーベルチュール。何であれ同じことですが、素材が第一。いくら見た目が美しくても素材がよくなければすべてが台無しですから。

 私なりの答えとしては、やはり口に入れたときにチョコレートの存在感がきちんと五感に伝わってくるもの。特にボンボンショコラにはいろいろなフレーバーや食感が共存しますから、その中でもきちんとチョコレートの存在感や美味しさが伝わってくることが大切だと思っています。いろんなご託を並べるよりも、大切なのは、食べた瞬間に素直に「美味しい!」と感動し、そのひとくちで自然と笑顔が生まれることではないでしょうか?

【松浦明,エキサイトイズム】
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