Mar 28, 2011
廃車を探し歩いている営業担当者
最近、我が家に廃車の約束をしている車はないのか探してくる人がいました。車買取業者の営業担当者とし、廃車を探して歩いているとのことでした。今すぐ中古車の需要がある中古車を集めているようです。年齢が高くなっている車を販売して言う人をいち早く見つけるのセールスマンは、最近増えているようです。まさか自分が、誰も考えることが、交通事故だと思っています。自分が注意しても、相手からぶつかってくる可能性があります。交通事故は自分だけで避けられない場合が多いです。それで私は自動車保険に入っています。まさかとは非常に必要だからです。お金の面でも相手との通話でも、保険屋さんが入ってくれるので便利です。万が一に備えて自動車保険ですね。
◇戦死した父の手紙 大切な家族奪う戦争
金沢市の元小学校教諭、林道子さん(70)が、太平洋戦争で渡ったフィリピン・レイテ島で戦死した父の手紙を見つけたことを機に、一つの物語をつくった。それまで色あせた写真の中の姿でしか、父を知らなかった。その生涯を訪ねて渡ったレイテ島で初めて「お父さん」と呼びかけた時、「自分の名を呼んで応えてくれる人がいる、普通の生活が平和」と気づいた。終戦から66年目の夏。体験を紙芝居にして、子どもたちに思いを語り継ぐ。【宮本翔平】
◇美術工芸大の学生と協力
02年12月、36歳で亡くなった父の山本正義さんの慰霊のため、レイテ島のタクロバンにある捕虜収容所の跡地を訪れた。民家が建ち並び、当時の面影はないが、父が亡くなった場所。思わず「お父さん」と叫んでいた。「家族の名を呼べば、応えてくれる人がいる。そんな日常こそが平和」と気づいた。
帰国後、父の生涯を調べ始めた。自宅の仏壇の奥から、1941年から44年に、山本さんが旧満州(現中国東北部)やフィリピンから出した手紙約160通が見つかった。自分にあてた2通の手紙もあった。手紙について92年に亡くなった母鶴子さんからは聞いていなかった。
43年12月、旧満州からの手紙には、こう書かれていた。
「父ちゃんは道子や母ちゃんの写真を見て夢見ている。体を大切に(会えるのを)待っていて下さい。ただ今、夜10時25分。おやすみなさい」
声も知らない父から半世紀以上の時を経て初めて届いた言葉だった。林さんは、市役所や靖国神社などで資料を読み、父の部隊に所属した人たちの話を聞き、生涯を追った。
正義さんは戦時中、陸軍第6航空通信連隊9942部隊に所属。旧満州からフィリピン・レイテ島へ渡った。44年、正義さんが島に到着したときには既に米軍が島の大半を占拠していた。重傷を負ったか、病気のため現地で米軍が運営する病院で亡くなったらしいことが分かった。それが分かったのは、つい最近のことという。
「もう二度と戦争を繰り返してはいけない」。その思いの一方、小学校の教諭として子どもたちに平和について、どれだけ伝えてきたか、改めて考えた。「子供たちは家族と過ごせる平和に気づいていない。大切な家族を奪う戦争が再び起きてはいけない」。自らの体験を紙芝居にして子どもたちに伝えようと文章にまとめた。
◇ ◇
昨年9月、石川県の遺族会を通じて頼んだ金沢美術工芸大の学生が挿絵を引き受けてくれた。1年生(当時)の6人が水彩画の絵を描き、林さんと文章を練った。
林さんは昨年11月から計9回、小中学生に紙芝居を上演した。子どもたちに「『お父さん』、『お母さん』と呼べば、応えてくれる。それが平和」と語りかける。
挿絵を描いた同大の川田恵さん(29)は「戦争で亡くなった一人一人に家族があり、思いがあると実感した」と話す。林さんは「私に残された時間は少ない。川田さんら若い人たちから、さらに子どもたちへと語り継いでほしい」と話している。
9月1日朝刊
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「焼肉酒家えびす」の集団食中毒事件で、清算手続き中の経営会社「フーズ・フォーラス」社から、北陸3県など全20店舗の営業権を取得した「スタンドサービス」(本社・福島県郡山市)が、旧えびす店舗を新装した焼肉店「ヴイ・ブリアン」の金沢高柳店を1日に開く。開店前日の8月31日、報道陣などに店内や朝礼の風景などが公開された。
この日、公開された朝礼では、スタンド社に再雇用されたフーズ社の元社員らが、食中毒事件の被害者に哀悼の黙とうをささげ、衛生管理の徹底を確認した。
スタンド社は82年創業。ガソリンスタンドの維持管理などを手がけ、08年に飲食業に参入した。現在は福島、宮城県と東京都でヴイ・ブリアンを5店舗展開。スタンド社は経営権取得に加え、フーズ社の元社員32人を雇用した。うち金沢高柳店では20人が勤務。残りの元社員は金沢市内で開店予定の3店舗に勤務する予定。
同社によると、ヴイ・ブリアンではユッケなどの生肉を提供していない。今回の食中毒事件を受け、今秋にも示される生食の新衛生基準が公表されたとしても、提供しないという。フーズ社がユッケ用肉を仕入れていた「大和屋商店」(東京都板橋区)とは取引しない。
朝礼のあいさつで、スタンド社の吉田和慶専務は「二度とあのような食中毒事故を起こしてはいけない」と、従業員に呼びかけていた。【松井豊】
9月1日朝刊
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