Apr 18, 2011
マンション賃貸事務所の非効率
賃貸事務所に勤務したことある。ただのレンタルオフィスですが、店頭のようなものではなく、一般家庭の生活のような平凡なアパートである。急いでオフィスが必要になったので、そのような状況になったが、アパートの賃貸事務所には無理があると言わざるを得ない。勤務して大変なもありますが、お客様にアパートの住所を言うのも変なのがいるからだ。その点一般店舗などの賃貸事務所は、そんな不便なく、顧客との関係も良好に構築するのではないか。会計事務所や税理士事務所の俗称で、節税相談や事業計画、節税、決算申告、会社設立など税理士がご相談などに応じてくれる事務所が、会計を代行するサービス業と民間営利企業といっても以上はありません。私は会計事務所に関する知識は把握せずに、会計事務所になじみがうすいが会計事務所に依存することなく、すべての会計ソフトウェアを使用すると、経営の節税と経営計画をスムーズに行えるので、場合によっては、会計事務所の必要性は低いと考えています。
■SNS企業が牽引
【サンフランシスコ=松尾理也】世界的なハイテク企業が軒を並べるシリコンバレーで、ベンチャー企業の新規株式公開(IPO)が確実視されるケースが急増している。牽引(けんいん)役は、全世界で利用者が5億人を突破したとされる「フェースブック」などインターネットのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)企業群。金融危機以来沈滞を続けていた現地は突如として訪れた活況にわいている。
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フェースブック社は8日、シリコンバレーの一角メンローパーク市庁舎で本社移転の発表会見を開いた。23ヘクタールの広大な敷地に立つオフィスビル群に加え、隣接する9ヘクタールの土地も買収し、将来のさらなるオフィス需要に備えるという景気の良さだ。
検索大手グーグルが上場した2004年、スタンフォード大近くのパロアルト市で創業したフェースブックは急激な成長とともに引っ越しを繰り返してきた。同社幹部のデービッド・エバースマン氏は今回の移転について「成長が続いた場合に備えた」と説明したが、現在の本社は「長期的な成長を見越して」昨年5月に引っ越したばかりだった。
そのフェースブックは先月、総額15億ドル(約1240億円)の資金調達の実施を発表。来年にも上場する方針を明らかにした。推定企業価値は500億ドル(約4兆1270億円)と算定され、「10年に1度の大型案件」と期待が高まる。
フェースブックだけではない。一足先にIPOに向けた手続きを開始したのは、グーグルと同じマウンテンビュー市に本社を置き、ビジネスに特化したSNSとして急成長しているリンクトイン。インターネットラジオを提供するパンドラも今年中のIPOをめざす。
シリコンバレーの外でもインターネット電話のスカイプ、クーポン共同購入サイトのグルーポンなども今年中の上場が確実視されている。
「ここ数カ月、投資を求めるビジネスプランが山のように集まるようになった」と証言するあるシリコンバレーのベンチャーキャピタル関係者は、活況の理由を「インターネットの登場以来の技術の積み重ねの結果、通信速度、容量、処理能力などのインフラがここに来てほぼ完成の域に達したため」と指摘する。
大量の画像や音楽ファイルが無料に近いコストで自在に扱えるようになった結果、「そうしたインフラを使ってどんな斬新なサービスが可能か、アイデア競争が起きている」というわけだ。
ただし、斬新さの一方で収益モデルが確立していないケースも、シリコンバレーでの過去の起業ブームでは目立った。ハイテク関連のメディアなどでは、今回の活況を「(19世紀のサンフランシスコで起きた)ゴールドラッシュの再来だ」「いや、(今世紀初頭にしぼんだ)ITバブルと同じ」と論争が繰り広げられている。
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■北京を拠点、活動再開へ
【北京=矢板明夫】日中の草の根交流の重要性が叫ばれる中、北京を拠点に、音楽を通じて両国の懸け橋になろうとしている日本人がいる。1960年代に一世を風靡(ふうび)したグループサウンズ「ザ・タイガース」のドラマーだった瞳みのる(本名・人見豊)氏(64)。代表曲「花の首飾り」など日中の楽曲の訳詞を介して、相互理解が深まることを願っている。
18歳のとき、沢田研二、岸部一徳両氏らとバンドを結成した。デビュー曲「僕のマリー」をはじめ、「モナリザの微笑」など次々とヒットを飛ばした。人気絶頂期の71年1月、武道館コンサートを最後に解散。瞳氏は忽然(こつぜん)と芸能界から姿を消した。
瞳氏は「睡眠も満足に取れないロボットのような生活に疑問を感じ、勉強したいとの欲望が強かった」と振り返る。
京都の定時制高校に復学。慶応大に進み、中国文学を専攻した。慶応高の漢文教師を33年間勤め、中国語の入門書なども著している。
教師時代は華やかな過去を封印した。2人の子供には成人するまで“芸能人”だった事実を隠し通した。81年の再結成時も参加を断った。メンバーと会うことさえ拒み続けた。転機は2008年。沢田氏らがテレビで瞳氏にささげる曲「ロング・グッバイ」を歌ったことを聞いた。返歌を作って贈り、同年12月、東京・渋谷の居酒屋で38年ぶりに再会した。
音楽への思いはずっとくすぶっていた。「歌舞伎と京劇を日中それぞれに紹介する活動に携わった。中国の古典音楽の素晴らしさに感動し、定年後は日中の音楽交流の懸け橋になろうと決心した」という瞳氏は、昨年3月に退職すると北京に部屋を借りて移り住んだ。
今、取り組んでいるのが歌詞の翻訳だ。日本の歌30曲、中国の歌130曲を訳し終えた。日中の知人に披露したところ、「漢詩の教養がうかがえる」「相手の国民性が分かる」などと好評を得た。
「派手な世界と地味な世界の両方で向上心を失わずに生きてきた。2度脳出血で倒れて心境が変わった。残りの人生、好きなことをしたいと思った」
ザ・タイガースが再び活動を始める動きがある。今度はスティックを握るつもりだ。復活の日に向け練習を続けている。今月25日には自叙伝「ロング・グッバイのあとで−ザ・タイガースでピーと呼ばれた男」も刊行される。
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